Sorry, Japanese only! (1998年7月)

70.明石海峡大橋を渡る・インターチェンジは大混雑

説明

背景

1998年も7月が来ようとしていました。

今年も海の日は休みです。しかし去年と違い、3連休のうち青春18きっぷが使えるのは最後の1日だけです。

今回は青春18きっぷではなく、周遊きっぷを使って旅行しようかと思いました。

行ってみたいところがあります。今年4月に完成した明石大橋です。周遊きっぷには、明石大橋がゾーンに含まれているゾーン、京阪神ゾーンがあります。これで旅行しようと思いました。ただし京阪神ゾーンを使うには以下のような難点があります。

・単純に東京から京都まで新幹線で往復すると、割引率が20%でなく5%になってしまう

そんなわけであまり単純に往復するのは好きじゃないです。

ここはまわり道をして東京から京阪神ゾーン入り口までの距離を601キロ以上にしたいと思いました。そしてこんな計画を立てました。


計画1

・行きはまだ軽井沢~安中榛名しか乗っていない長野新幹線に長野まで乗り、長野から大阪行き特急しなので入り口の京都に行く(東海道新幹線は使わないため20%割引)
・帰りは出口の日根野(ひねの)から阪和線・紀勢本線経由で新宮まわりで名古屋に行き、そこから新幹線で東京に帰る。距離が601キロを超えるので名古屋~東京で東海道新幹線を使っても20%割引となる

よし、これで行こうと思いました。3日間の割り振りですが、

・1日目:東京から長野新幹線で長野に行き、善光寺にでも行き、しなのに乗って大阪で泊まる
・2日目:大阪から明石大橋を通るバスで洲本に行き、神戸行きバスで舞子(まいこ)で降り、新大阪まで行って串本まで日根野に停車する特急くろしおで行って泊まる
・3日目:串本から潮岬を見て、紀伊勝浦まで行って名古屋まで特急南紀に乗り、新幹線で東京に帰る


計画2

宿を取りました。1日目はなんばの「なんばオリエンタルホテル」というところが取れました。
今まで大阪で泊まるときはいつも泊まっていたマジィ・イン江坂は部屋に風呂がないので、たまには別の所に泊まってみたいと思ったのです。

2日目に取ろうとした串本の宿が満室だと言われたのでなんとなく串本でなく新宮の宿でも取ろうと思い、新宮のステーションホテル新宮を取りました。

周遊きっぷと長野新幹線、東海道新幹線、特急しなの、くろしお、南紀の特急券もアパートもよりの旅行会社で無事買えました。

こうして周遊きっぷを使うのも5月の馬籠(まごめ)の旅行に引き続いて2回目を迎えることとなったのです。

長野新幹線

東京駅

東京駅にやってきた。周遊きっぷの「東京都区内→京都」のゆき券と「東京→長野」の自由席特急券を見せて中間改札を通る。

京都に行くのになぜ長野経由かと言うと、そのまま東海道新幹線で京都に行くとゆき券が20%引きでなく5%引きになって損なので、長野経由にして東海道新幹線を使わないことにしたからである。

長野から大阪まで特急しなのが出ているので、それを使うと東海道新幹線を使わないことができるのだ。

ホームには、東京から長野までノンストップのあさまが入線していた。このあさまの指定席はもう売り切れだったのである。だからどうせならと自由席にしたのだ。次の各駅停車のあさまに乗ることにした。

ノンストップのあさまはさすがに混雑している。海の日と合わせて連休なので混雑しているのだろう。ノンストップのあさまが発車していく。


東京~長野

各駅停車のあさまが入線してきたので乗る。さすがにノンストップのすぐ後だけあってそれほど混雑はしておらず、楽にすわれた。それでも発車間際になって多少乗ってきた。そして発車。

あとは何度も乗った区間なので少し目を閉じて、高崎で起きればいいやと思った。しばらくして高崎が近づいたようなので起きる。何度も通った覚えのある高崎である。そして高崎を発車。

あさまはスピードを上げていく。しばらく上越新幹線と同じレールを通っていたあさまは、スピードを上げたまま、すーっと左に曲がっていった。

これが山形新幹線だと、福島駅を出たつばさは、分岐して米沢の方向に進んだ後でスピードを上げていくのだからけっこう違う。いろいろ苦労しているようだ。

榛名山のふもとを走っていたあさまはトンネルに入っていく。そして4月に通った安中榛名を過ぎ、軽井沢に到着した。

そして軽井沢を発車する。上越新幹線と違い、高架でなくあくまで盆地の上の地上を走る。

記憶はここまでで、ぼくはしばらく眠ってしまい、気がつくと長野駅に到着するところだった。到着。ぼくはあさまを降りた。自由席特急券を渡し、ゆき券を見せて改札を通る。


善光寺

長野で行くところと言っても善光寺しか思い浮かばない。まあ子供のころに行っただけだし、また行ってもいいだろう。ぼくは善光寺への道を歩いていく。

途中ダイエーがあった(1998年現在)。今日はこのまま大阪まで行くので先は長い。昼飯は駅弁にしようと思っていたので弁当はいらないだろう。

ぼくはダイエーに入り、お菓子や飲み物を買った。さらにダイエーの食料品売り場から書店に移動し、「旅と鉄道」の夏号と臨時増刊の2冊を買った。

本当はもう1冊、青春18きっぷのことが書かれた本を買いたかったのだが、ここでは売っていないようだ。とりあえず善光寺に行こう。

歩いて歩いて善光寺に着いた。相変わらず大きなお寺である。とは言ってもさいせんをあげておがむだけだ。今日もおがむ。これでよし。

水も飲んだので長野駅に戻ることにした。

中央本線

長野駅周辺

善光寺でお参りをすませると長野駅に戻ることにした。

途中の本屋に入ってみた。「青春18きっぷ攻略ガイド」という本が目に入ったので買っていくことにする。あとで読んでみよう。善光寺に行く前に「旅と鉄道」も買ったし、荷物がだいぶ重くなってしまった。

本屋を過ぎ、ダイエーを過ぎていく。まだまだ大阪行き特急しなのの発車までは時間があるので、駅のそばの交差点で右に曲がってバスターミナルにでも行ってみることにした。もしかしたら今後長野発着の高速バスに乗る機会があるかもしれないからだ。

西に進むとバスターミナルが見つかった。食堂とかあり、けっこう大きな施設だった。高速バスだけでなく路線バスも出ているようだ。まあいいか。

東に進み、ピッカピカの駅前に出た。

昼食は駅弁を食べることにしているので食堂には寄らないで行こう。交差点を渡ってエスカレーターをのぼって長野駅の改札にやってきた。

駅弁が売っていたので買うことにする。「きのこめし弁当」だ。しなのの中で食べてみることにしよう。


長野~松本

周遊きっぷのゆき券を見せて改札を通り、しなのの出るホームにおりる。自由席の位置に並ぶ。

しばらく待つとしなのの車両がやってきた。5月にも乗っている車両なので別にめずらしいものではないが、ふだん青春18きっぷでばかり旅行していると特急はおごそかな感じである。

たいして客はいないので自由席には楽にすわれた。5月に見た「寝覚ノ床(ねざめのとこ)」が見えるように右側の席にすわった。さあ、駅弁を食べよう。

きのこめし弁当であるが、もちろんまつたけなんかは入っていない。小さめのきのこがいくつか入っているだけであった。

そしてつけものがあった。なんとなくあまりぼくが好きでないつけもののようであった。しかたがないのでつけものは残すことにする。食べ終わるとしなのは発車した。

まずは篠ノ井線である。篠ノ井線は普通列車だと交換待ち合わせがたくさんあって長野から松本まで1時間半かかるのだが、さすがにしなのはそんなことはなく、すいすいと松本まで進む。


松本~関ヶ原

塩尻から中津川までは5月に2往復した場所である。寝覚ノ床を見ようと長野・岐阜県境付近で窓の外をじーっと見ていた。無事川の中の石を見ることができた。安心して眠ってしまう。

気がつくと名古屋を過ぎていた。客がだいぶ減っていた。名古屋から大阪までは新幹線も走っているから、あえて在来線特急に乗る必要もない区間なので、物好きなやつらだけが乗っている区間である。

特に大阪行きしなのは、おそらく大垣~関ヶ原間で「新垂井線」を走るだろうからこの区間は見ておかなければならない。

新垂井線とは、大垣~関ヶ原の間を通常の東海道本線の北に迂回する区間で、普通列車は通らず、特急や貨物列車専用の区間なのである。だからぼくは寝台特急さくらやはやぶさでここは通ってみた。でも夜だったのであまり景色は見られなかったから、昼間じっくり見てみたい。大阪行きしなのはそんな鉄道ファンにうってつけの特急なのである。

しなのは大垣を出て、しばらくは普通列車のレールに沿って進む。数分すると大きく右に曲がり始めた。さくらやはやぶさが通ったレールである。そして森の中に入っていく。

なぜか右手にお墓が見えた。そしてやや左に曲がる。

左を見ると森の木々の間から畑が見えるのが見えた。今しなのが通っている場所からかなり標高が低い畑のようだ。ということは、この区間は垂井経由の区間よりもかなり勾配がなだらかなんだろうなあと思った。そんなことを考えているうちに森をぬけていく。


関ヶ原~大阪

しなのは左に曲がり、高架を進んでいく。そして左手に垂井経由の線路が合流してきて、右手に関ヶ原にある関ヶ原の戦いの武将名が書かれた看板が見えた。

いやあ、貴重な体験をしたなあと思いながら眠ることにした。

そして起きるとどうやら米原を過ぎているようだ。

ふだんこのあたりは大混雑の新快速に乗っているので、がらがらの特急に乗れるのはぜいたくだなあと思いながら京都を過ぎていく。

そして定刻通りにしなのは大阪駅に到着した。さあ、大阪環状線に乗り換えよう。

大阪環状線

旅行記本文

長野から乗ってきた特急しなのを大阪駅で降りる。もう夕方6時を過ぎている。

いつものように階段をおりて通路を進むと、通路に貼り紙があった。

「阪和線車両故障のため現在ダイヤが乱れております」

げっ、あした阪和線と紀勢本線を通って新宮に行く予定なんだけど、それまでにダイヤが正常に戻っているかなあ?と思った。

ホームに上がって大阪環状線の電車に乗り換える。電車が発車するが、気のせいか大阪環状線の電車もいつもよりゆっくり走っているような気がする。

とは言っても、今乗っている電車はそれほど混雑しているわけでもない。ゆっくりと西九条、弁天町を過ぎていく。いつもの大阪環状線の風景である。

そして電車は無事今宮駅に到着した。電車を降りる。
今日のぼくの目的地はJR難波である。以前はこの駅は関西本線だけの駅で、大阪環状線に今宮駅はなかったのだが、最近大阪環状線にも今宮駅ができて関西本線に乗り換えられるようになった。

この駅の構造がちょっとおもしろい。西九条の方から来た電車が停まるホームの真下に弁天町方面に行くホームがあるのだ。ちょっと説明がむずかしいので一度行ってみてください。
とりあえず階段をおりて関西本線ホームに出る。どうやらJR難波行きのホームのようである。ぼくは電車を待った。

関西本線

今宮~JR難波

今宮駅で大阪駅から乗ってきた大阪環状線の電車を降り、関西本線のホームでJR難波行きを待った。無事電車がやってきた。たいしてお客は乗っていない。
電車は発車して進んでいく。そのうち地下におりていく。

あれ?おととし乗ったときは、確か地上に駅があったと思ったけど、地下に移ったのかな?
おととし乗ったときは、駅の右手に見えた広い場所が、なんだかいい雰囲気だったんだけどなあと思いながら電車は進んでいく。

そして電車は真新しいJR難波駅のホームに到着した。周遊きっぷのゆき券を渡して、ゾーン券を見せて通った。

なぜか改札の外には駅員がいて、これから乗るお客に何か白い券を渡しているようだった。なんでも「無札券」らしい。
振り返ると自動券売機はすべて「発売中止」になっていた。

よくわからないが、阪和線の復旧直後にはこの駅にお客がおしかけて、自動券売機では対応しきれないので無札券を使う措置になったのかなあと思った。


チェックイン

さて、ホテルを探さなければならない。予約したのは「なんばオリエンタルホテル」というホテルである。
ここはJR難波駅であるが、一般になんばと言えば南海のなんば駅だよなあ、やっぱり南海の方が近いのかなあと思った。

おととしの記憶をたどりながら地下通路をしばらく進み、地上に出た。
そしてなんとか南海のなんば駅にやってきた。さて、まず公衆電話を探してホテルに電話しよう。

エスカレーターを上がると電話があった。ホテルに電話して道をきくと、「右手の商店街をまっすぐ進んでください」と言われた。

エスカレーターをおりて駅を出てみる。右手の商店街っていうのはこのまっすぐ続いている道かなあ。
アーケードを進んだが、進めども進めどもホテルっぽい建物は見あたらない。見落としたかなと思いしばらく往復してみたが同じだ。

そしてもう1回電話する。見つからないんですが、と言って進んでみた道にあった店を言ってみるが、やはり商店街の道を進むように言われる。
どうも進む道がほかにもあるらしく、また南海なんば駅前に戻ってみる。

すると右手にもう1本道があったので右に進んでみる。進んで進んでようやくなんばオリエンタルホテルが見つかった。
まあこのくらいホテルを探すのに時間がかかるのはあたりまえである。


就寝

いったんチェックインして部屋に荷物を置くと、外に出て夕食の調達に出かけた。
近くのコンビニで弁当を買って部屋に戻って食べる。そして風呂に入る。

そしてテレビを見た。関西テレビで24時間テレビをやっていた。
篠原ともえがベースを弾いていた。なかなかいい歌をキンキキッズといっしょに歌っていた。けっこうおもしろいなあと思いながらスイッチを切って眠ることにした。おやすみなさい。

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