Sorry, Japanese only! (1994年2月)

122.札幌雪祭りと北海道旅行・3日目~4日目

宗谷本線その1

札幌駅

あいの里教育大から乗ってきた札沼線(さっしょうせん)のディーゼル車を札幌駅で降りた。さてこれから乗る稚内行き急行利尻の出るホームはどこだろう。階段をおりて案内を探すがまだ利尻の案内は出ていないようだ。

別の細かい文字の案内も見てホームがわかった。さてホームに行こう。

エスカレーターでホームに行き、しばらく待つ。さすがに雪まつりなのでお客はたくさんいる。そんなお客をながめているうち、利尻がやってきた。きのう乗ったはまなすと違い、2人がけのリクライニングシートの座席である。指定席を取ってあるのでその席に行く。通路側の席だ。

そのうちとなりの人がやってきた。さすがに雪祭りシーズンだ。これできのうみたいに2席取って横になって眠るわけにはいかないようだ。途中で降りればそこから眠れるかと思ったが稚内までその人も行くそうだ。うーん、今日は眠れるかなあ。


札幌〜稚内

発車時刻になり、札幌を発車する。右手にテレビ塔が見える。利尻は市街地を離れ、暗い雪景色になる。いくつか駅に停まっていき、札幌の近くでけっこう降りていく。しかし2泊連続で夜行なので、そのうち眠ってしまった。

起きたがまだ列車は走っている。暗い雪景色は続いていて、遠くに明かりがポツポツ見える。そんな景色が続き、次は南稚内というところでアナウンスがあった。そして南稚内着。ホームが見え、雪が見える。もう稚内市街のようで家は多くなっている。

発車し、まちなかを進んでいよいよ稚内着である。列車を降りた。北海道フリーきっぷを見せて改札を通る。けっこう広い待合室だ。どこかで朝食でも食べられないだろうか。


稚内駅周辺

駅を出ると雪の積もった道である。まっすぐ進むと左手に喫茶店が見える。店の前には犬がつながれている。お客の犬らしい。ということは開いているのだろう。

中に入ってモーニングセットを頼んだ。これからも夜行を降りてモーニングセットを食べる機会があるだろう。ゆっくり休んで店を出た。

駅に戻る道の左手にバスターミナルが見えた。今日は1時ごろの急行サロベツに乗る予定である。それまでに宗谷岬に行っておきたいと考えた。

バスターミナルで宗谷岬行きのバスの時刻を調べてみた。しかし本数が少なく、どう見ても路線バスではサロベツまでに戻れそうにない。

唯一戻れる手段は定期観光バス「冬はともだち号」に乗ることだった。さすがにまだ早くてチケットは売り始めていないようだった。

ぼくは待合室で冬はともだち号のチケットの発売を待った。

定期観光バス・冬はともだち号

宗谷岬

バスターミナルで待っていると、ぼくとは違い稚内で宿を取ったらしい若者たちが続々やってきた。ぼくを含めて男4人女4人ほどのようだ。そして定期観光・冬はともだち号のチケットを並んで買い、また待った。

そして女性のガイドさんがやってきた。いかにもバスガイドの制服ってわけではなく、ジャンバーにズボンだった。そして10人足らずでバスは出発する。まずは宗谷岬に向かう。

いろいろ説明する。北海道の道路の左右には下向きの矢印の看板みたいなものがついているが、あれは何かと言うと、大雪で道路が一面雪でうずもれてアスファルトが見えなくなったとき、「あの2つの矢印の間が道路」ということを示すものなのだそうだ。

北海道にはぼくの知らないいろいろなものがあるなあと思った。けっこうな距離を進んで宗谷岬に着いた。たぶんタクシーで往復したら冬はともだち号の運賃より高いだろう。

降りてみると、雪がビュービュー吹いている。

どこからともなく歌が聞こえる。ダ・カーポの宗谷岬のようだ。こんな吹雪じゃあんまり意味がないだろう。みやげもの屋から聞こえてくるようだ。

宗谷岬の記念碑がある。やっぱり日本の一番北だし、観光名所なのだろう。


機械は苦手だ

「写真撮ってください」

いつものようにカメラを渡す女性がいる。撮ろうとすると、

「すいません、カメラを縦にして撮っていただけませんか」

などと言ってくる。はてはて、カメラを縦にするって、どうやるんだっけ、カメラを左に90度回してみた。シャッターが押しにくいな・・・

「すいません、私が撮ります」

別の女性がカメラをひったくって、縦にして撮っていた。ふだんカメラなんか持ち慣れないから、変な注文をつけるとめんどうだ。

みやげもの屋にもあまり買いたいものは見つからず、灯台などを見てまたバスに戻った。


歩くスキー

ぼくは宗谷岬を見るのが目的なのであとはおまけになる。次に連れて行かれたところは、「歩くスキー」だった。

宗谷岬からそんなに離れていない場所に雪の広場があり、スキーをつけて歩くのである。

まあ定期観光の一部なのでえっちらおっちら歩く。そのあとで、スノーモービルに乗るか、大きなタイヤみたいなソリですべるかと言われた。

ぼく以外の男はみんなスノーモービル、女性はソリですべるようだったが、スノーモービルもソリもなんだか危険だなあと思ったので、ガイドさんにこのまま歩くスキーを続けていいかときいたら、

「それじゃ、ダイエットしてください」

などと言われた。そのままひとりで歩いて、しばらくしてスキーを借りた小屋に戻って休み、ほかの人が戻ってくるのを待った。なにしろ宗谷岬以外はおまけなのだからこんなものでいいだろう。


カーリング

最後に連れて行かれたのは稚内駅の近くのスケートリンクだった。なんでもカーリングのまねごとをするのだと言う。

スケートをはいて、ヨタヨタしながら交替でカーリングの「投げるヤツ」をスイーと投げる。

なんだかよくわからないけど定期観光の一部だからまあいいだろう。

カーリングとか、ゲートボールとか、アメリカンフットボールとか、ルールのわからないスポーツってけっこう多いが、いったいどのくらい日本で人気があるのかさっぱりわからない。こんなふうにして稚内のバスターミナルに10分ほど遅れて戻ってきた。

今日はこれから深名線に乗るため名寄に向かうことになっている。無事発車時刻までに名寄に行けたらいいなあと思いながら駅に向かった。

宗谷本線その2

旅行記本文

定期観光バス「冬はともだち号」は急行サロベツ発車時刻より前に稚内のバスターミナルに到着した。コインロッカーから荷物を出して駅に向かう。食堂に寄る時間はなさそうなので、車内でカロリーメイトのドリンクを飲むことにした。

今回は自由席に乗ることにする。改札を通ってサロベツに乗る。利尻と同じような車両である。雪はあいかわらず強く降っており、お客はあまり多くない。

そして発車だ。南稚内に停車すると市街地を離れ、雪ばかりの景色になった。

雪ばかりの中、ところどころで雪が積もった木々が見える。そのまま音威子府(おといねっぷ)に着いた。

音威子府を発車するとき、ちょっと進んでなぜかバックした。またちょっと進んでまたバックする。

どうもレールに雪が積もっていて、脱線しそうになっているようだ。またエンジンがかんだかい音を上げて進み、ようやく音威子府を出発していった。

それからも雪の森の中を進み、ようやくサロベツは名寄に到着した。ここで降りる。なんとか深名線の深川行きに間に合うようだ。ぼくはサロベツを降り、深名線ホームに向かった。

深名線

名寄〜幌加内

急行サロベツを名寄(なよろ)で降り、深名線のホームに向かう。
ディーゼル車はけっこう古いものだった。乗ってみたがお客はわずかである。
ぼくと同じ旅行ファンや地元のお年寄りだった。

ディーゼル車は発車し、名寄の市街地を離れていく。森の中を列車は走っていく。
旅行ファンの1人がお年寄りと話をしている。深名線沿線のことについてなにやら質問しているようだった。どんな質問をしているかわからないが、深名線を通る鉄道ファンは熱心なファンが多いんだな、と思った。

森の中を列車は進んでいく。だんだん暗くなり、朱鞠内(しゅまりない)に着いた。そしてまた進む。森を抜け平野を通っているようだが、もう暗くなったので雪が見えるだけである。そして目的地、幌加内(ほろかない)に着いた。ここで降りる。


そば屋

とある本に、幌加内の駅前にうまいそば屋があると書いてあったのだ。改札を通って駅を出るとちゃんとあった。「松屋食堂」である。まずは入ってみた。

お客は誰もいなかったが営業しているようだ。天ぷらそばを頼み、苦労して来たんだからと思ってついでにビールをジョッキで頼んだ。ビールを飲む。久しぶりに飲むビールはうまかった。そばが出てきたので食べる。もちろんうまい。

いい食事をしたが、次の深川行きまでは何時間もある。でも食べ終わったら店にずっといるわけにはいかないので店を出て駅に戻った。そして駅の中の照明の消えたベンチですわって数時間待った。

そのうちホームにラッセル車がゴゴゴと音をたててやってきた。そう言えば松屋食堂のことが書いてあった本に、冬季は除雪でラッセル車が通るため、幌加内発深川行き最終列車が約1時間おそくなると書いてあったなあ。

ラッセル車を間近で見て、これが北海道中のレールを守っているんだなあと改めて思った。すごいなあと感じた。ラッセル車が行ってしまい、さらに待つ。


幌加内〜深川

深川の方からディーゼル車がやってきた。これが折り返し深川行きになるようだ。10人ほど降りてくる。けっこう使う人がいるようだ。そしてぼくが乗ろうとすると、

「あーこっちの車両に乗って。」

なんでも3両つないでいるけど乗れるのは1両だけだそうだ。お客はぼくだけみたいだし、これでもいいのだろう。発車まで待ったがお客はぼくだけのようで、そのまま発車する。
暗い中をたったひとり乗せた列車は進む。

ようやく列車は終点深川に着いた。もう札幌行きの列車は1本もないが、網走行きの夜行オホーツクが走っている。ぼくは改札を通って待合室でオホーツクを待った。

石北本線その1

深川〜網走

深川駅の待合室で網走行き夜行特急オホーツクを待っていると、駅員が「もうすぐ利尻が来ますが、あなたはオホーツクに乗るんですか?」と言ってきたので「はい」と言った。

駅員は去り、利尻が到着した。何人か降りてくる。そのまま待つ。そろそろ発車時刻が近づいた。

ぼくといっしょに改札を通ったのはぼくより若そうな男性だった。なんだかきさくな人で、やたらぼくに話しかけてくる。

オホーツクが着いた。自由席に2人で行く。さすがに雪祭りのシーズンなのでぼくと同じように北海道フリーきっぷで北海道じゅうをめぐる人が多いらしく、ほとんど満席である。

それでもなぜか隣り合った席が2つ空いていたので2人ですわった。なおも男性が話しかけてくるのでおしゃべりしたが、そのうち静かにしてくれませんかとまわりの人に言われ、話すのをやめた。そしてぼくはぐっすり眠ってしまった。

起きると列車は逆向きに走っている。遠軽を過ぎたようだ。窓の外は雪をかぶった深い森である。となりの男性は荷物だけ残していなくなっている。トイレかな。

そのまま北見を過ぎ、網走が近づいたが男性は帰ってこない。とうとう帰らないまま網走に来てしまった。しかたがないので他のお客が出ていくのを見送った。そのうち車掌が来るだろう。

車掌が来たので忘れ物ですと言って荷物を渡してぼくは外に出た。


計画

さて、今日どうするか。候補は2つある。

・釧網本線で摩周に行き、定期観光バスで美幌に行く
・網走の定期観光バスに乗る

いろいろ考えたが、網走で定期観光バスに乗ることにした。
まずは駅でいすにすわって待つ。釧路行き列車が発車していく。

定期観光バスは駅からも出るようだが、駅前には売店やコンビニみたいなお店はないし(1994年当時)、バスターミナルに行くとコンビニがあるかもしれないので行ってみようと思い、道を東の方に歩き始めた。

歩いてもお店は見つからない。そのうちバスターミナルらしき建物が見つかった。しかし売店はない。しかたない、今日は朝食抜きだな、と思った。

バスターミナルに入り、窓口に並んで定期観光バスの乗車券を買い、いすにすわって発車時刻を待った。

定期観光バス・流氷バス

能取岬

網走駅の東の方にあるバスターミナルでバスを待つ。けっこう客が多いようだ。10人くらいいるだろうか。

ガイドさんもはとバスによくいるような女性の制服を着たガイドさんだ。まずは網走駅に向かう。

そこでさらに10人ほど乗せて出発。まず向かうのは能取岬(のとろみさき)だ。

しばらくして海岸の岬に着いた。ここは宗谷岬みたいに最北端とか最南端ということもなく、普通に海が見える岬だ。でもきのうの宗谷岬みたいに風がビュービュー吹いている。

そんな中、記念写真を撮りますと言われたので撮る。そして次の目的地に向かう。


天都山1

次の目的地は二者択一で、「博物館網走監獄」か、天都山(てんとざん)のどちらかだということだ。

まず博物館網走監獄に行く客をおろして、それから天都山に向かい、そこでしばらく過ごしてから博物館網走監獄に向かうとのことだ。

ぼくは、定期観光だとあまり時間が取れず、博物館網走監獄に行っても時間が中途半端になるから、博物館網走監獄はまた網走に来た時に寄ることにして、今日は天都山に行くことにした。バスは右手に網走湖を見て進んだ後で左に曲がり、山をぐいぐいのぼっていく。

博物館網走監獄で客を半分おろして、さらに山をのぼったところにあるのが天都山であった。ここで降りて建物に入る。

中に入ると冷蔵庫みたいな寒い場所で、流氷が展示されていた。いろいろな展示物のある博物館のような場所であった。


天都山2

ビデオとかも流しているらしいが、定期観光では滞在時間が短いため見ることはできないようだ。

とりあえずみやげもの屋に向かう。

「いらっしゃいませ。これなんか奥様にどうですか。」

独身のぼくはこう言った。
「いつ結婚できるかわからないんですよね」
そうしたらみやげもの屋の店員にこう言われた。

「あせっちゃいけませんよ。結婚したらまた来てくださいね。」

なんだかほっとしたような気がした。1994年の北海道旅行の中でもっとも良かった思い出である。


とうふつ湖1

バスに戻り、次の観光地に向かう。博物館網走監獄に寄ってまた全員そろう。

ガイドさんが網走刑務所の話をする。なんでももしカメラに受刑者が写ってしまったら、フィルムを没収させていただきますとの話だ。

やっぱりカメラってこわいものなんだなあと思った。たとえ旅行にこれから何回か行くことになっても、カメラは持っていかない方がいいなあと思った。

次の観光名所はとうふつ湖だ。能取岬と同じく海沿いにあるようだ。

海沿いを進むと流氷が見えてきた。おお、やっぱり冬のオホーツク海は流氷に限るなあ。

流氷を見ながらかなり進んでとうふつ湖に着いた。


とうふつ湖2

バスを降りて湖に案内される。

うひゃあ。すごい数の白鳥だなあ。

こんなにたくさんの白鳥を見たことのないぼくは感心してしまった。

それとともに、大学時代にぼくは後輩から「○○先輩の笑い声は白鳥のようだ」と言われたことを思い出した。

テレビで笑点なんか見ていておもしろいと、ついつい大声で笑ってしまうし、オールナイトニッポンなんか聴いていておもしろいと、ふとんの中で笑ってしまう。

あの時は白鳥の声なんか聞いたことがないのでどんなものかわからなかったが、なるほど確かにぼくの笑い声みたいな鳴き声だ。


喫茶店

観光地はこれで最後で、網走バスターミナルに向かう。

またガイドさんが話をした。このあたりを走っているJR釧網(せんもう)本線には駅舎が喫茶店になっている駅がいくつかあって、藻琴(もこと)、北浜などで食事とかできたりコーヒーが飲めたりするそうだ。

そして港に停車した。なんでもここから「ガリンコ号」に乗ることができるそうだ。砕氷船(さいひょうせん)だそうである。何人かの客が降りて船に乗るようだ。ぼくは別にいいかと思った。

あとはいったん網走駅に寄り、続いてバスターミナルに戻ってきた。終点である。いい定期観光バスだったなあと思いながら、バスを降りた。


おわび

長い間、このページでは能取岬(のとろみさき)のことを能取岬(のっとりみさき)と書いておりました。訂正いたしました。ほかにもあるかもしれませんが見つけ次第修正いたします。長い間申し訳ありませんでした。

釧網本線

網走~藻琴

冬の網走の定期観光バスも無事に終わり、バスターミナルに戻ってきた。
歩いて網走駅に戻るわけだが、どこかで食事でもしていこう。バスターミナルの近くで適当な食堂を見つけ、食事をした。海の幸が豊富で、やっぱり港近くの街は食事がおいしいなと思った。そして網走駅に戻る。

今日はここから摩周まで行き、9年前の北海道旅行で泊まった宿で泊まるわけだが、当時あった急行しれとこはもうなく、釧網本線の緑より南に行く列車は数時間ない。

しかし定期観光バスでガイドさんが言っていた話によれば藻琴(もこと)、北浜といった駅では駅に喫茶店が併設しているとのことなので、きょうの午後はそういった駅に寄ってみることにしたわけである。

改札の時刻が来て、釧網本線の列車に乗る。発車した。市街地を抜ける。オホーツク海が見えてきて、藻琴で降りる。ガイドさんの言っていたとおり、駅には喫茶店「トロッコ」があった。さて何を頼もうか。

メニューにあった「田舎パフェ」を頼んでみる。よくわからないがパフェが出てきた。どこが田舎なのかわからないし、何が材料なのかもわからないが、甘いものは大好きなのでばりばり食べた。そしてぼーっと次の列車を待った。


藻琴〜浜小清水

次の緑行き列車に乗ると、オホーツク海に流氷が見えてきた。わあ、すごいなあと思いながら氷の海を見ていた。9年前の夏の海もいいが、流氷もいいなと思った。暖冬で2月でも流氷がさっぱり見られない年もあるそうなので、今回はよかったなと感じた。

さて、北浜で降りても釧路行きまで数時間待つことになるので、その先の浜小清水まで行って戻ってこようと思った。浜小清水では駅のまわりを散歩してみようかと思った。流氷を見て浜小清水に着いた。

と、よく見るとここにも喫茶店があった。名前は「汽車ポッポ」だ。ここでも入り、メニューを見て「海ぞくカレー」を頼んだ。

出てきたのはシーフードカレーだった。網走で食事はしているけど、こんなに駅併設の喫茶店に寄れることもないだろうし、食べられるときに食べておくのが長い旅の秘訣なのだ。このカレーもうまかった。


浜小清水〜北浜

さて、最後は北浜だ。網走行きの列車に乗り、流氷を見て北浜に着いた。
駅に入ると、一面の壁、天井にきっぷが貼り付けられているのに驚いた。ぼくも何か貼り付けようと思ったが、まずは喫茶店に行こう。

喫茶店の名前は「ていしゃば」である。さすがにパフェとカレーを食べた後なのでそんなに食べられない。まして今日の宿は夕食つきだし、ということでコーヒーを飲む。ふだんめったにコーヒーを飲まないぼくだが、こういうところでコーヒーを飲むとほっとする。
待合室に戻る。ぼくが貼ってもいいきっぷは行きに東京から中小国まで使ったハートランドフリーきっぷくらいである。きっぷを貼り付けておいた。そして釧路行きを待つ。


北浜〜摩周

やってきた。うわ、すごい混雑だ。さすがに釧路行きは本数が少ないので混雑するのだろう。ドアのそばで立っていた。

ドアのガラスから流氷を見て過ごす。そして斜里に着いたが、降りる人も乗る人もいるので相変わらず立ったまま進む。列車は森の中を進んでいき、日が暮れた。

そして列車は目的地、摩周に着いた。たしか駅前から電話をかけると迎えに来るんだよな、と思って電話したが、迎えはやっていないと言う。

しかたがないので歩いていくと、9年前に宿があった場所をいくら探しても宿がない。公衆電話を見つけて電話すると、宿は9年前にあった場所から北の方に移転しているとのこと。北に歩くとなぜか摩周湖に向かうバスターミナルに来てしまった。

もう1回電話するとすぐ近くだと言う。電話を切ってあたりを見回すと宿の人らしい人が向こうの方に見えた。その人について行って宿に着いた。


就寝

そして食事である。9年前と同じく、北海道らしい自然な野菜などを中心としたうまいものであった。風呂にはいるとこの宿の常連らしい人が、この風呂はいいと言っていた。

9年前の風呂とは雰囲気の違うところだったが、温泉らしいし、なにしろぼくは3日風呂に入っていないので、3日分のあかを落としていくことにしよう。さらにこの旅行では寮に帰るまでもう風呂に入ることはないので、その分をしっかり入っておく。

部屋に戻り、テレビも見ないで眠ることにする。ひさしぶりにふとんで休めるので、ぐっすり眠れそうだ。

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